悲鳴 K タオル

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「多田君が荒垣先生からの電話を取ってメモを書いたって言ったよな? つまり、言われたことを自分の頭の中で変換して、多田君はメモに〔悲鳴 に タオル〕って書いたんじゃないか? だとしたら、その変換を取り消して多田君が耳で聞いたままを書けばこうなる。で、この〔ひめい〕をこう」と、板谷は〔ひめい〕と書いていた下に〔非命〕と書いた。 「〔に〕はそのままとして、〔たおる〕はこう」と、板谷は今度、〔たおる〕と書いていた下に〔倒る〕と書く。 「非命に倒る?」新見が首を捻ると、板谷は頷いて言った。「非命は、横死のことだ。不慮の死、非業の死と考えてもいい。だから〔非命に倒る〕は、思いも寄らないことで死ぬってことで――」 「それだ!」と新見は突然叫び、「荒垣先生の次作のタイトルってそれだ! 絶対それだ!」と更に叫ぶと、急に不安な顔をした。縋りつくような目で板谷を見て、「どうしよう、板谷。明日までにその資料集めないと」 「資料を集めるって言ったって、思いも寄らない死なんて範囲広すぎるだろ。もう少し絞らないと――」 「んなこと言ったって、どこに絞るんだよ! それわかるのって荒垣先生しかいないじゃんか! だけど荒垣先生にこんな時間に電話かけて聞くわけにはいかないだろ! もう11時越えてんだぜ!」 「何で俺が怒られるんだよ! お前の確認不足だろ! 荒垣先生には事情を話して集められませんでしたって謝れ!」 「あの先生はそれが通じない先生なんだよ! 明日会うまでにある程度集めておかないと、下手すりゃ次作の出版を、うちから他の出版社にするって言いだすかもしれないんだぞ!」 「だから俺に怒るなって! 明日会うまでにはまだ10時間以上はあるだろ? とにかくそこまでやれるだけ頑張れよ」と、多少仏心を出して、板谷が励ますように言うと、新見は突如、がしっと板谷の手を取って、「手伝って!」と真剣な顔で言った。ところが。 「嫌だ! 俺は仕事が終わったんだ! もう帰る! お前のテキトーさのために貴重な睡眠時間を削ってたまるか! 反省しながら仕事してろ!」と、板谷は新見の手を振り払った。しかし新見も諦めない。板谷の手を再び掴んで、「板谷ー!」  と、編集部ではこの後、新見の悲鳴のような声と板谷の怒鳴り声が交互に響いたとか響かなかったとか。  春のある夜の出来事である。 ―終―
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