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ある朝目覚めると、世界から色が消えていた。
最初は夢かと思った。モノクロの夢を見る人もいるらしいから、きっと僕もそうなのだろうと思った。しかしいくら瞬きしても頬を抓っても、夢からは覚めない。
僕はこれが夢ではないらしいことにようやく気づいた。
それからずっと、僕はモノクロ映画のような世界の中で生きている。季節はいつの間にか、冬になっていた。
僕はいつものように顔を洗って、歯を磨き、身支度を整える。
色がわからないというのは不便だ。
このセーターは何色だったかと記憶辿りながら、不自然でない組み合わせになるように考える。
外に出ると灰色の空が広がっていた。
「たしか今日は快晴って言ってたな」と1人呟く。もう二度と青い空を見ることはできないのだろうか。そう考えると悲しくなり、僕は下を向いて歩くことにした。
アスファルトは前と同じ色をしているからいくらか安心できた。大丈夫、僕はちゃんと道をあるいてる。
その時、目の端に一瞬、色が映った。
久しぶりの感覚に思わず立ち止まり、振り返る。
色は、人の口から出ていた。
「寒いねー」
「わー息白いー」
そう言いながら寄り添うカップル。その口からは鮮やかなピンク色の煙のような靄が出ては消えていた。周りを見渡す。
「邪魔なんだよ!どけ!」
暴言を吐くチンピラからは黒い靄が。
「おはよう!」
挨拶を交わし合う学生たちからは黄色い靄が。
「あー疲れたなぁ帰りてぇ」
そう嘆くサラリーマンからは水色の靄が。
それぞれの気持ちによって、色が違うようだった。
数カ月ぶりに見た色に、僕は飛び上がるほど嬉しくなった。
思わず「やった!」と声を漏らす。
すると僕の口からはオレンジと赤と黄色を混ぜたような色が出た。
それから僕は街に出るのが楽しくなった。
歩きながら声の色を見るのが日課になった。
彼女に出会ったのはそんな時。
橋の上で佇む彼女に僕は思わず声をかけた。
彼女は、モノクロの世界の中に消えてしまいそうなくらいひどく儚く見えた。
「なにか、悩みごとでも?」
そう問いかける僕の声はピンク色をしており、思わずパタパタと手でかき消す。
その様子を不思議そうに眺めながら、彼女は「いいえ、何にも」と微笑んだ。
その声には色がついていなかった。
声に色が見えるようになってから、こんなことは初めてだ。
僕は彼女の声の色を見たくて、たまらなくなった。
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