アネモネの想い

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 屋上の重い扉を開けると、少し冷たい風が頬を掠めた。  日差しの少ないこの時間帯、空は厚い雲に覆われていて、僅かな隙間から青空が覗く。  吹き抜ける風を身体で感じながら、扉を閉めた。  冷たいアスファルトの上に寝転んで空を見上げている人物を見つけて、眼を細めて小さく微笑んだ。  近づいて、上からその顔を覗きこむと、吉岡はたのしそうに笑った。 「青空と都築の笑顔だったらサイコーなのにな。曇りなのが残念」  それに笑いながら、髪をかきあげた。  グラウンドからは運動部のかけ声が微かに聞こえる。 「美術室にいったらどこかにいっちゃったっていわれたから、ここかと思って」 「なんか創作意欲がわかなくてね。なにも描く気になれないんだ」  空を見上げながら、吉岡が軽く笑う。  美術室で見た吉岡の真っ白いキャンバスを思い出した。  あのキャンバスは、きっとまだ真っ白いままなのだろう。 「都築がわざわざ会いにきてくれるなんて、なんか用事?」 「ん、まあね」  吉岡の鮮やかな金髪が風に揺れる。  外で見ると光を放ったように綺麗だ。 「今日ね、三宅と会ったんだ」 「え?」  いままでおちゃらけたように笑っていた吉岡の眼の色が、一瞬で変わった。  その変化に、そっと眼を細めた。 「都築って、アイツと知り合い?」 「いや、偶然落し物を拾っちゃって、届けにいっただけ」 「・・・・ふーん」  そう呟いて、吉岡は再び空に視線を戻した。  途端に変わった吉岡の雰囲気。  境界線を張っているような、そんな感じさえする。 「用事って、そのこと?」  その言葉におもわず苦笑を洩らした。 「そうともいうし、違うともいう」 「・・・・なにそれ?」  意味がわからない、と小さく首を傾げた吉岡を見て、ふわりと微笑んだ。
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