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「赤いアネモネは・・・・吉岡なんだろ?」
「・・・・」
吉岡が一瞬言葉に詰まったように凍りついた。
その表情を見て、やっぱり、と呟いて、小さく笑みを零した。
「なんであの赤いアネモネはあんなに儚そうなのかなって、あの絵を見てから思ってた」
「・・・・」
「白いアネモネは真っ直ぐと空に向かって咲いているのに、赤いアネモネは白いアネモネを見つめている。 まるで守っているみたいだって、そう思ったんだ」
『アネモネの想い』という題名は、苦し紛れにつけたものじゃないんだろう。
あの絵にも、あの題名にも、深い想いが隠されている。
少しの間のあと、吉岡は盛大な息を吐いて、枕にしていた腕を解いてお手上げとばかりに大の字に寝転んだ。
「・・・・まいったよ。降参。ただ綺麗なだけじゃないんだな、都築って」
「なんだよ、それ」
おもわず吹き出すと、吉岡も観念したようにケラケラと笑った。
「あの絵を見ただけで、気づかれるなんて思わなかったな」
「いや、白状するとね、本を見たんだ」
「本?」
「花言葉の本、吉岡も借りてただろ?」
ああ、と思い出したかのように吉岡が頷いた。
あの本を見なければ、赤いアネモネが吉岡自身だってことに自分は気づかなかった。
「花言葉を知って、吉岡のアネモネの絵の意味に気づいたんだ。赤いアネモネがあんなふうに白いアネモネを見つめてるってことは、 きっとそういうことなんだろうって・・・・あの絵は、吉岡の想いそのままなんだろうって、思ったんだよ」
そういうと、吉岡は空を見上げ、柔らかく微笑んだ。
それは自分がはじめて見る吉岡の本当の笑顔だ。
「都築のいうとおり、あれは俺の想い。俺、指先は器用だけど他はまったくの不器用でさ。 絵の中でしか本心を表現できないんだ」
両手を空に掲げ、情けないよな、と吉岡は笑った。
決して華奢とはいえないその両手。
命を与えることのできる、手だ。
すべての想いをその指先に籠めて、キャンバスに命を吹き込む。
魔法の手だよ、というと、吉岡は照れ臭そうに笑った。
「白いアネモネにも気づいたんだろ?」
「まあね」
バレバレだな、と吉岡は苦笑を洩らした。
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