アネモネの想い

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「・・・・あれ?」  教室のドアを開けて、おもわず足を止めた。  放課後の学校はとても静かだ。  こんな時間まで残っているのは部活動の生徒くらい。  もちろん教室にも誰もいないと思っていたのだけど。 「おう」  椅子に座って漫画を読んでいたらしい真人が、自分に気づいてにやりと笑った。  それに小さく苦笑を洩らして、真人の側に近づく。 「もしかして、待っててくれたの?」 「用事はもう終わったのか?」 「ん、まあね。俺はもう用済みだよ」  そういって笑うと、真人は愉快そうに口元を吊り上げた。  もともと、吉岡が描きたいのは自分ではなかった。  吉岡がいっていたとおり、吉岡の花は自分ではない。  吉岡の花はもうすでに決まっていて、吉岡はそれを咲かせる手段が見つからなかった。  ただ、それだけだ。 「なに持ってるんだ?」  自分が持っていた本を、真人が興味深そうに見つめる。 「花からのメッセージ?ああ、花言葉の本か」 「そ、これが意外と役に立ってね」 「ほう?」  面白そうに、真人は本をペラペラと捲る。  色とりどりの花たちの写真が次々と映し出されて、おもわず眼を細めた。 「随分と埃っぽいな。どこに保管してたんだよ?」 「ちょっと手荒な扱いをされちゃってね。一日で傷だらけになっちゃった」 「罰当たりだな」  ふふ、と笑いながら、鮮やかな花を見つめた。  この中にはいろいろな想いが詰まっている。  愛の言葉や、切ない想い。  苦しさや、儚さ。  簡単に言葉にはできないような、心の深い場所にあるそんな想いが、たくさん詰まっている。  吉岡の絵を見て、吉岡の想いを知って、自分はその純粋に咲き誇る花たちの言葉を知った。  絵の中で渦巻く、様々な葛藤。  命を吹き込まれた花は、それらを見事に表現していた。  自分が吉岡の想いを知ったのは、自分が気づいたからじゃない。  吉岡の描いた花たちが、教えてくれたんだ。
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