第1章

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 ヘルメットを柵から外し、遼の隣に並んで歩き出した。が、すぐに立ち止まると表情を強ばらせ辺りを見渡す。 「なに? どうかしたの?」  先を歩いた遼は、優樹の所まで駆け戻った。 「なんか、いる」 「えっ?」  言われて遼は、優樹の見つめる方向に目を凝らした。  コンクリートで固められたパーキングの向こう、湖との間の藪が、ざわざわと動いている。  まだ晴れきらない霧の中、その不気味な存在を感じ背筋を冷たいものが伝った。 「熊、かな?」 「わかんねぇ」  優樹は、メットを手に身構えた。ウサギのような小さな動物ではないことが、がさり、がさりと、藪が揺れる大きさでわかる。  もし冬眠から冷めて凶暴になっている熊だとすれば、一八二センチの長身と剣道で鍛えた身体を持つ優樹でも、メット一つで太刀打ちできるはずがない。ポケットには携帯電話があるが、峠に入ったときから圏外を表示していた。 「風は湖からこっちに吹いている。静かにしてれば気付かないで行っちまうと思うけど、もし……」 「了解」  最後まで聞く必要はない。  こちらに向かってくるようなら、優樹が相手をしている間に助けを呼べということだ。遼は息を潜め、身構えた。  ざわめきは次第に近づいてくる。優樹は遼に目配せをすると、前に進み出た。  突然、目の前に現れた獣の正体を咄嗟に判断することは出来なかった。  熊だとすれば大きさは一般的成獣基準の優に倍はあり、そしてその形態は……。 「犬? ……まさかオオカミ?」 「馬鹿、あんなでかいオオカミが日本にいるわけねぇだろ?」  獣の姿を見据えたまま、優樹が遼に応じる。 「どっちかってぇと……ライオンか?」  それこそ馬鹿な話だと思ったが、言われてみればそう見えないこともない。  しなやかに肩を揺らし、猫科とも犬科とも決めかねる獣は藪から姿を現すと鼻筋にしわを寄せ、まるで笑うかのように裂けた口を開いた。  剥き出された牙はサーベルのように長く、濡れて光っている。双眼は赤みを帯びた金色に輝き、焔のごとく燃えているように見えた。全身は白い。しかし背中にかけて黄金色の鬣があった。  優樹が息を飲み、呼吸を整えているのがわかる。この獣と闘うつもりなのか? 無茶だ。
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