第1章

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〔3〕  パーキングを左に出て湖沿いの白樺並木を暫く走ると、山中に続く小さな側道の入り口に、見過ごしてしまいそうなほど小さな看板が立っていた。  へッドライトに照らされたそれは〈美月荘〉と読める。  緒永の車に続いて、アキラも右にハンドルを切った。  近づくヘッドライトに気が付いたのであろう。車が止まるより早く、初老の男性が小走りに建物から出てきた。 「霧で迷ったかと、心配していたぞ」 「ただいま、父さん。一年ぶりだから、そう思われても仕方ないけど、まさか自分の家を忘れたりしないさ。お客さんを連れてきたよ」 「父さん」と呼ばれた男性は、にこやかに笑って手を差し出す。  薄いラベンダー色のダンガリーシャツにジーパン姿。長めの白髪は綺麗に後ろに流してまとめ、形よく整えられた口髭をたくわえた、いかにも山荘の主人といった風体だ。  山歩きと猟で鍛えていると聞いていたが、年齢よりも若々しい精悍な体躯が見て取れる。 「ようこそ『美月荘』へ。私は冬也の父親で緒永満彦と申します、どうぞよろしく」  差し出された手を、アキラが代表して握った。 「こちらこそ、お世話になります。大勢で押し掛けてしまって申し訳ありません。それにしても本当に良いんですか? 緒永さんの計らいで料金を随分割り引いてもらったんですが……」 「良いんですよ、入っていた予約が直前でキャンセルになりましてね。私どもとしては、かえって助かりました。さあ、早く中にお入り下さい、陽が落ちて寒くなってきました。温かい飲み物を用意いたしましょう」  遼に起こされて、ワゴン車の連中もぞろぞろと車から降りる。 「あっ、すげぇ! 天体観測用のドームがあるぜっ!」  突然その中の一人、写真部と天文部を掛け持ちしている一年生、忠見遙斗(ただみ はると)が屋根を見上げて叫ぶと満彦が笑顔になった。 「自慢の反射望遠鏡がありましてね、幸い霧も晴れたから今夜は綺麗な星空を観測できます。夕食前に御案内しましょうか?」 「えっ、いいんですか?」  はやる遙斗の頭に、バイクから降りた優樹が手を置いた。 「なあ遙斗、俺はどっちかってぇと……」  途端、遙斗は身を固くして小さくなる。 「天体観測は、夕食後にしようぜ。早いとこ飯を食わせないと、優樹が暴れそうだ」  佐野の言葉に皆が笑った。
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