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正義が年老いてからの初めての男子で、その可愛がり方が尋常ではなかったため回りの者達は心配したが、主君である園部実光が幼き頃より自分の子のように可愛がり、文武ともに我が子兼光と競いあわせてきたために自分に厳しく実直な、下の者に慕われる人物に育った。二人は兄弟のように仲がよく、又、深い信頼で結ばれているのだった。
その義時と美那が恋仲にある事など、兼光はとうに気付いていた。少し前に父、園部実光が見舞いに来た際そのことを話すと、実光も喜んで二人を夫婦にする約束をして帰ったのだ。
「山のはに いさよふ月を いつとかも 我が待ち居らむ 夜はふけにつつ」
「月待ち酒といったところですな、兼光どの」
義時は、そう言って笑うと盃を干す。
「近ごろ兄上は歌に凝りだして、事ある毎に万葉など引用するのです。それはいいのですけれど、ご自分では詠まれず私に詠めなどと……」
美那は義時の盃に酒をつぎながら困ったように笑った。
一通りの話を聞いてからのささやかな宴である。代わりばえのない戦局に話しはすぐに済んでしまい、帰ろうとする義時を引き留めて兼光は酒を勧めた。
退屈を紛らわすためでもあったが、つい先日、都より来た使いの者より聞いた噂話が気にかかり、事の次第をこの男ならば知っていようと思い立ったからである。
「されど、いくら歌を詠んだとて心は休まらぬわ。武士の性ともいうべきか、戦が恋しゅうてならぬ」
「いやですわお兄さま、戦は人が沢山亡くなります。わたくしはもう……」
「やれやれ又泣かせてしまったか、どうも美那は甘えん坊で困る。母上や姉上達ならば、どんどん戦をして出世なさいませとおっしゃられるのだが」
「美那殿はお優しいのです。御仏のように慈愛に満ち、美しくいらっしゃる」
義時の言葉に顔を赤らめながらも、目を反らさず見つめあう二人に兼光はすっかり毒気を抜かれてしまった。
「ところで、義時殿」
気を取り直すため兼光は盃を干す。
「都では昨今、良からぬ噂が横行しているようだが」
義時の顔色が、さっと変わったのに確信を持ち、さらに兼光は言葉を継いだ。
「黄金色の鬣を持つ恐ろしい化け物が、夜毎現れ人を喰らうと」
「そのような噂、いったい何処で耳にされましたか」
義時は一笑する。
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