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◇
義時の討伐隊が化け物の棲む山と噂される近江の山中に向かったのは、それから十日ほど後の事である。その途中、義時は道のりにある兼光の庵に立ち寄った。
「さても心許ない一行ではあるが……」
兼光は、庭の紅葉が美しい池のほとりに敷物を敷き、義時を頭にわずか十人ばかりの討伐隊に酒を振舞った。晩秋の珍しく暖かな陽光と涼やかな風は、気持ち良く酔いをまわらせる。
一行の顔ぶれに不満を隠しきれない兼光をよそに、義時は上機嫌で杯を重ねていた。
「私の刀と槍の腕、その上に弓の名手の佐々木が居れば、山賊など恐るるに足りません」
「しかし、後の連中は金で雇われた足軽ではないか。これから向かう鈴鹿方面は確かに我が軍の勢力ではあるが、敵の斥候にでも出会ったら当てにはならぬぞ」
「御心配召されるな。あの辺りの土地は、私が幼き頃より父上と共に狩をしたところ……いわば庭のようなものですから、どんなに細い獣道さえ知っております。かなわぬ相手とあらば、見つからぬよう避けて通りますゆえ」
「されど……」
「それにあの者どもは、罠を仕掛ける名人ばかり」
どうやら義時は、本気で狢狩をしてくるつもりらしかった。
いずれにせよ戦いが始まれば、実光はすぐに義時を呼び戻す事になろう。兼光が案ずるまでもないのかも知れない。
「まあ良い、くれぐれも気を付けて行くのだぞ。だがしかし、随分と嬉しげにして居るのはどういう訳か」
「は、いやこれは………」
義時はさっと顔を赤らめると、酌をしている美那をちらりと見た。
「ほう、なるほどそうか。父上よりお許しがでたな」
「はい、化け物退治は切りよく引き上げ、祝言をあげるようにと」
どうやら実光も、このもくろみを体面のためと見ているにすぎないらしい。兼光は安堵した。
「それはめでたい事よ。では今宵は前祝いといくか」
秋の日は早々に落ちようとしていた。
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