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「やあ、久しぶり」
道を歩いていると、前方からやってきた二十代半ば程の男に、すれ違いざま声を掛けられた。男の顔を見るが、一体何処の誰であったか、思い出そうとするも心当たりがなく、そんな私に構わず、男は続ける。
「いやぁ、本当に懐かしいなぁ…。十年ぶりかな?」
「あ、ああ…、そう…かな…」
本当に誰なのだ。いっその事、「あなたは誰ですか?」と聞いてしまおうかとも思うが、にこやかに、とても懐かしそうに話す男に、そんな失礼な事を聞いてしまっていいものなのか…。
私は、過去にこの男と会っているのだが、一方的に忘れてしまっている可能性もある。そうだった場合、私はこの男を傷つける事になる。いやいや、そんな失礼な事はとても出来ない…。
だが、例えば、この男が私を誰かと人違いしているという事も考えられる。その場合はどうだ…。言わない事の方が失礼なのではないだろうか…。間違いを指摘するのは男の為であり、優しさである。
でも待て、指摘した後はどうする。お互い気まずくないだろうか…。知り合いと思い込んでいた相手が見ず知らずの他人で、急に間違いを指摘されるのだ、それはさぞ恥ずかしい事だろう…。私も気まずい。
でも本当に男が正しかったとしたら…。
「…じゃあ、またね」
そうこうする内に、男は軽い会釈をして去っていった。
男の後ろ姿を見送りながら考える。私は男に聞くべきだったのか否か、どちらの勘違いなのか、一体あの男は誰だったのか…。私の心を、濃い霧となったフラストレーションが支配した。
この濃い霧のモヤモヤを晴らす為に、私が取った行動は一つだった。前方からやってきた見知らぬ青年に声を掛ける。
「やあ、久しぶり」
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