第1章

4/5
前へ
/5ページ
次へ
「ねえ、自分自身の記憶でも体験できる?」 メモリッチは驚いたのか、目が一回り大きくなった。 「もちろんその体験したい記憶を提供していただければ可能でございます。一石二鳥ですね」 「じゃあ、3つ分全部それにつぎこんで15分もできる?」 メモリッチはさらに驚いたのか、服の飾りが何箇所か落ちた。 「よほど大事な思い出なのでしょうか……もちろん、構いません」 「その時と別の行動はとれないんだよね?」 「そうです」 「声も出ない?」 「脳内でしゃべっているような声は出せます。もちろん、誰も反応はしませんが」 「よかった、それでもいい」 私は、改札であいつを見送った日を思い出していた。 自己満足でも構わない。 今度は、「またね」と言うんだ。 夕焼けの農道。今までぼんやりとしか思い出せなかった情景が、目の前にあった。 忘れたと思っていた細かいことも、ちゃんと私の脳には残っていたのだ。 作業をする近所のおじさん。その頃はあまり整備されていなかった用水路。 飛び始めたとんぼ。そして、あいつの後ろ姿。 「テレビに出るときは連絡してね」 私の口から、勝手に言葉が出てきた。この時の私はそんなことを言っていたのか。 声もなんだか作ったような声で、傍から聞くと笑ってしまう。 「ああ、必ず」 その約束は、まだ守られていない。 それからの会話はなかった。駅までの道が途方もなく長く感じる。 これだけ心の準備があれば、今度は言える。 これだけ心の準備があれば、今度は泣かない。 これだけ心の準備があれば…… 私はいつの間にか、泣いていることに気がついた。 もしかすると、5年前よりたくさん泣いたかもしれない。 よかった。記憶の世界で。 駅が見えた。私の涙はすっかり干からびている。 ここだけは、ちゃんと覚えていた。 改札を通るあいつ。 2つ歩いて、振り返る。 「またな」 何度も思い出した、その言葉。 私は……またつまりそうになる喉から、声をひっぱりだした。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加