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ふと、柊平は手に持ったままの鏡に違和感を感じて視線を落とす。 円い小さな鏡は覗き込む柊平を映さず、煙のようなもやもやとしたもので覆われていく。 「あら。もう来ちゃったみたい」 柊平が鏡を覗いていることに気付いた鏡子が、ぽつりと言う。 「来たって、何が·····」 柊平の言葉をかき消すように、雷鳴が地を目掛けて走った。 耳をつんざく轟音と白くさらわれた視界に、きわめて近くに落ちたことはすぐに分かる。 視界が戻ると、中庭の隅、いつもいる座敷の近くに電気を帯びたように明滅する獣の影が一つ。 「上の境界を薄くしたから、こんな感じで入ってくる輩もいるかもしれないわ」 ことも無げに鏡子が言う。 「そういうことは先に言ってよ」 「だから、いいの?って訊いたわ」 さっきの確認はそういう意味か。 「夜魅、何が入ってきたのか分かるか?」 妖怪だというのは柊平にも分かるが、今まで会った妖怪達と様子が違う。 どちらかと言うと、敵意のようなものが感じられた。 「珍しいね。雷獣だ」 夜魅は薄闇の中に目を凝らし、感嘆の声を上げる。 「らいじゅう?」 柊平は鏡子に鏡を返し立ち上がる。 「雷と一緒に落ちてくる幻獣(げんじゅう)だよ。飛行機なんかが飛び出した辺りからほとんど見なくなったから、もうこっちにはいないと思ってた」 「なんか怒ってないか?」 よく獣が威嚇するときのように、姿勢を低くしてこちらを見据えている。 「地上で生活する妖怪じゃないからね。人間と仲良くしようなんて思ってないよ」 夜魅が少し緊張しているのが分かる。 言われてみれば、夜魅やコマ、ここにいる鏡子も癖は強いが友好的と言える。 柊平が百鬼夜行路へ通した妖怪達も、怪しいは怪しかったが、結局は危ないことなんてなかった。 だから、妖怪はそういうものだと思い始めていただけに、夜魅の言葉はショックだ。 「初代百鬼が鬼を斬ったのは有名な話。だけど、人間の命が短いことを妖怪たちは知っているわ。当代百鬼を恐れているかどうかは別の話よ」 鏡子の言葉は、柊平があまり深く考えていなかった代替わりの意味を告げた。
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