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最近になってやっと、対応も腕も最高の美容師を見つけた。口数は多すぎず少なすぎず、今まで行ったどの美容院よりも居心地がよく腕も確か。
家から遠いので交通費と移動時間がかかるけど、それすら必要経費と割り切れるくらい気に入った。そろそろ次の予約を入れるつもりだったと、さっき彼女にも話したところだった。
だからといって今のおばあさんに勧められるかどうかは別。よく知らない相手だ。
「だってあの人歩きだったし、あの年頃の人って地下鉄乗って移動ってきついだろうと思ってさ。うちのお母さんですら、実家で顔見るたび階段嫌だってグチるし。さっき教えた店も商品勧めてくるのがビミョーってだけで腕はまあまあ良かったし」
「それ良い美容院とは言えないよ。客の要望無視してひたすら商品勧めてくる店なんて客のことホントに考えてるとは言えない」
彼女の両親は地元でも有名な腕のいい美容師だ。高校の頃までは私もお世話になっていた。その分、業界の事情が読めるのだろう。
彼女はさらに。
「親切心のつもりでそうしたんだろうけど、あのおばあさんが求めてたものとは違んじゃないかな?」
その通りだ。細かく説明するのが面倒で適当におばあさんの対応をし、親切をしてやったつもりでいた。
おばあさんは徒歩でどこまででも行くつもりだったのかもしれない。同年代ではなく年下の私に声をかけてきたんだ。よく考えたらそれってすごい冒険。
「そうだよね。本当のオススメ教えてくる。適当に部屋戻ってて」
彼女にアパートの合鍵を渡し、おばあさんの歩いていった方へ駆け出した。教えた店にはまだ着いていないはずだ。
「またね!」
彼女の声が背中に届いた。今なら本当に追い風に乗れる気がした。
(完)
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