第1話 終活

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 20時10分、ターゲットの会社の前に到着。ビルを見上げてターゲットの部屋を確認する。最上階の明かりがついている。情報通りのようだ。  ターゲットは墨田ホールディングスの墨田哲夫会長。65歳。妻に先立たれ独身。息子が一人。先代から会社を受け継ぎ、小さな町工場だった墨田興行を世界に冠たる大企業まで育て上げた立志伝中の人物。1年ほど前に事業のほとんどを息子に譲ったが、未だに政財界に広く人脈を持っていることから会社の実権を握っている。ここ半年ほどは50階建ての本社ビル、通称「墨田要塞」の最上階にある自分のオフィスからほとんど出ることはなく、ほとんど秘書を通してしか他人と接触しなくなっている。  と、ここまで頭の中で確認したところで、自分の演じる人物をもう一度確認。私は会長秘書の蒲田百合子。36歳独身。身長156センチ、体重50キロ。会長の秘書兼愛人で、会長室からほとんど出てこない墨田会長の世話をしている、会長に直接接触できる数少ない人物の一人。今回私が化けることになったため、今日から3日ほど休みを取っていただいている。 ビルの中に踏み込む。ノー残業デーとかで、社員はほぼ全員退社済。社屋に残っているのは、ごくわずかの社員、それに警備員とターゲットのみ。  ロビーに電車の自動改札のような、IDカード読み取り機が並んでいる。そのうちの一つにカードをタッチ。「OK」と表示されたら前に進み、ゲートを押して中に入る。  警備員に軽く会釈をして、会長がいるフロアへの直通エレベータの前にある機械の前に立つ。  軽く息を吐いて、機械に描いてある手の平のマークに自分の手の平を重ねる。モニタに次々と表示される文字を、少し緊張しながら眺める。  指紋認証・・・OK  手の平静脈認証・・・OK  掌紋・・・OK  体温・・・OK  モニタに「ALL CLEAR」と表示され、機械の無機質な声が流れる。  「コンバンワ」  「こんばんは」  「声紋OK。右目をエレベータドアの右にあるカメラに近づけてください」  言われた通り、右目を近づける。鈍い機械音がした。  「光彩OK。エレベータの扉、開きます」
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