第1話 終活

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 重い音がしてエレベータの扉が開いた。ゆっくりと中に入る。  扉が閉まると同時に「ふう」と一息つく。万全の準備はしている。問題が起きない確信はあるが、どうしても緊張してしまう。  会長の用心深さは異常だと思う。だが、実際に何度か命を狙われていて、強運のみで生き延びたという逸話は伝説になっていて、異議を申し立てるものはいない。  このエレベータにも体型スキャン、体重測定機能、金属探知機がついていて、怪しいところがあると警備室に連絡がいく仕組みになっている。  また、身体の動きも常にモニターされていて、跳び跳ねたり、寝転んだりすればエレベータが緊急停止して警備室から人が飛んでくるらしい。  チン、と軽いベルの音がして、扉が開いた。エレベータから真っ直ぐ歩いた一番奥の部屋が会長室だ。  会長室に通じる赤い絨毯の上を歩く。フカフカの高級絨毯だが、この絨毯の下にも仕掛けがあり、歩幅と体重移動は常にモニターされている。これまで何度も練習し、蒲田秘書の歩き方を完璧にトレースできるようになっている。大丈夫、大丈夫・・・  「会長室」と書かれたドアの前に立ち、ノックを3回。 「はい」内側から会長の返事が返ってきたら、「蒲田です」と一声かけてから、ドアをゆっくりと回す。もちろんこのドアには声紋認証、ドアノブには指紋認証が搭載されている。  ドアを開けると、広い会長室がある、手前に応接セットがあり、奥にはマホガニーの大きな机がある。その向こうには大きな窓があり、オフィス街がパノラマで広がっている。  机に会長が座っている。髪の毛には白い物が混ざっているが、初老の紳士といった雰囲気。身につけているものも高級であることが一目でわかる。いかにも大きな会社の会長といった感じだ。 「失礼します。会長、明日の予定の確認です」 「はいよ」会長が軽く答える。 「9時30分から役員との打ち合わせ、10時30分から五菱ホールディングスの善田会長と・・・」と明日の予定を読み上げる。 「以上になります」と読み上げた所で、会長がふいに言った。 「で、予定は全部キャンセルになるんだろ?」
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