第1章

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「ひゃあぁぁぁぁ!?」 人は驚くと時に突拍子もない声が出るものなのだろう。 私は今、まさに死のうとしていた。丁度いい高さのビルに上がり屋上のフェンスをよじ登って、この下らない世界からさよならをしようとしていたのだ。 今まさに青空が反転してコンクリートの灰色に変わろうとした瞬間、私の背中を押すようにフェンスの丁度穴が開いている部分から誰かが私の肩を掴んだ。それに驚いた結果がさっきのハスキー声に近い府抜けた悲鳴だった。 「もう数か月待ってもらえませんか?」 丁度背後にいるせいか相手の姿は見えない。けれど声を聴く限り若い少し涼やかな女性の声なのだというのが解る。 無意識に落ちそうになるのを回避する為か、私の指はフェンスを強くつかんでいる。これでつい先ほどまで自殺しようとしていたのだから、自分の根性の無さに泣けてしまう。 すっかり自殺する気もそがれてしまった私は、いまだに私の肩を強く掴む謎の女性に対して「大丈夫です。落ちませんから」と苦笑いを浮かべながらヨレヨレの紺色のスーツを風になびかせながらフェンスをまたよじ登り屋上へとすごすごと戻った。 戻ってみて最初に目に入った女性は私の身長が高いせいもあってか小さく小柄だ。けれども、その視線は強くややキツイ眼差しで私を見ている。 私よりも十は年下だろうにその視線は私をたじろがせるのに充分だ。 「そもそも何で今日自殺しようと思ったの? 四カ月と半日後なら仕方ないのだけれど」 「それは、その……」 黒い口紅に黒い中世のような服装に反して彼女の肌は白く、私の不健康な肌よりも強く白い肌をしていた。 彼女の姿はまるで絵画から一人でに歩き出したような美しさがある。 美しい。私の小説家としては貧相な語彙力が完膚なきまでに消え去りその一言しか出てこない。 そう、私は底辺の小説書きだった。中学の頃から小説を書き始めて高校には行かずに小説家として一旦はデビューしたものの、三十歳を過ぎた辺りから点で鳴かず飛ばずの日々になり最終的には担当の藤堂幸雄編集者から「次売れなければもう無理だ」と、烙印を押されている。 そのプレッシャーも相まって今まで以上に筆は進まず締切りがもうじき迫っていて何もかもが嫌になってしまったのだ。けれども、そんな話を初めてあった人に言うものなのだろうか、否、そもそもこの女性は四カ月と半日後なら仕方ないと言った。どういう意味で言ったのだろうか。
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