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その女の子は、僕がまだ幼稚園に通っていた頃、よく一緒に遊んでいました。
うちは、それほど裕福な家でもなく、両親は共働きで、近所のスーパーで働いていた母が休憩時間の合間に迎えに来て、家に僕を置いてまた仕事に出る、そんな感じでしたが、仕事の都合上、どうしても幼稚園のお迎えの時間には間に合わず、いつだって最後まで居残りでいる感じでした。
「たけちゃん、バイバイ!」
友だちが次々と母親の手に引かれて帰っていく様子を教室から見送っては、どことなく寂しい思いをしていたように思います。
一人減り、二人減り、そうして最後に残るのは僕とその女の子だけでした。
女の子は、ヒナちゃんという名前です。
ヒナちゃんのお迎えは、いつもお父さんでした。
僕のお母さんが早い時もあれば、ヒナちゃんのお父さんが早い時もあり、どちらかが最後の一人になる毎日でした。
ヒナちゃんは、いつも「バイバイ」とは言わず「またね」と言います。
僕が先に帰る時も、僕より早く帰る時も。
遊んでいる時は太陽のように明るいその顔は「またね」と言う時は、いつも寂しそうでした。
ヒナちゃんの家が、どういう家なのか、どうして寂しそうなのか、詳しい理由はわかりませんでしたが、なんとなく僕も「バイバイ」とは言ってはいけないような気がして、ヒナちゃんにだけは「またね」と言って帰っていました。
幼稚園を卒園し、小学校に進学すると、多くの知った顔の中に、ヒナちゃんの姿はありませんでした。
母親の話では、引っ越したのではないか、ということでしたが、それもあまり定かではありません。
ヒナちゃんとは、それきりで僕の記憶からもいつしか薄らいでいきました。
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