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「あんまりはっきりとは覚えてないんだが、俺はマンションを建てる仕事に就いていたんだ」
「クレーン車とか動かして?」
「そうかもしれないし、経営するほうかもしれない」
「ふうん」僕は樹が生えるように、マンションが生える姿を想像した。
「いろんな場所にマンションを建てて、それで、ある日実家の近くにマンションを建てることになったんだ。その場所に、子供のころよく遊んでた大きな樹があったんだよ」
「なるほど」
「俺はマンション建設を止められるような立場になかったし、そのまま樹は切られてしまった。まあ、実際そんな理由では誰も止められはしなかっただろうな」
思ったより短かった話が終わって、僕らはしゃべるのをやめ、風の音を聞いていた。
「よかったね」
何分たったのかわからないけれど、僕は心の底から出た言葉をつぶやいた。
「君が生まれ変わったこの樹が、その切られてしまった樹かどうかはわからないけど、とにかく、こんないい場所に生まれ変われて、よかったね」
樹は何を考えているのか外からはわからなかった(樹だもの)が、しばらくして「そうだな」と言った。
「お前も、きっとすぐ空を飛べるよ」
「それは」
無理だよ、と言いかけたところで、ふわっと白い何かが樹の足元で跳ねた。
その白い何かは僕の紐に触れた。そして、紐をしっかりと握ると僕の体をひっぱりながら地面に着地した。―――女の子だ。
「ほらな」樹が言った。「これからだ」
白い服を着た女の子は、着地するとすぐに走り出した。僕は少し乱暴に枝から引きはがされながら、空へと飛んだ。一瞬だけ。
片翼が風をつかめない僕はくるくると回りながらすぐに地面に落ちた。樹から数メートルも離れていない地面に転がりながら、僕は樹を見上げ、苦笑いした。
女の子は僕を拾い上げて、「直せるかな」とつぶやいた。そして、家へと駆けていく。遠くのほうで、「これからだ」と樹が言っているのが聞こえた。
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