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「一気に空気が軽くなった……」
「でしょうね」その表現はレイヤの向こう側にしか見えないものかも知れない。「お兄さんがあなたを恐れなくなったからだと思う」
「恐れなくなったって言うより、……存在を消されたような気がする」
「今はそれでいいんだと思う。話したでしょう、まだ時間が必要なだけよ」
「うん……」
ちらりと廊下を確認する。誰も通っていない。
「じゃ、行きましょうか」
「……ここから、出るの?」
「そうよ」
「……」唇を噛む。目がまだ迷っている。「もう、会えなく…なるのね」
「お兄さんにってこと?」
「うん」
……迂闊だった。彼女の迷いがそんな所にあるだなんて。凛々子は少しだけ溜息をつく。自分は霊能者ではあってもカウンセラーではないんだなぁ、などと、内心だけで改めて自嘲する。
「どうしてそんな誤解しているのかしら」
「へっ?」
肩を竦めて見せて。
「ここから出られたらあなたは今より自由になれるわよ。お兄さんのそばにいたいんならそれこそ24時間365日べったり近くにいようと思えばそう出来る。ただ、この丘──結界の中に入るのはもう絶対止めた方がいいけれど、それ以外なら」
「……どういう、こと? ……」
「うん、ついて来れば判るわ」
そして再びの「楔」。ただし、身構えた彼女を包むようにふわりと。これの使い方は臨機応変だ。
「大丈夫。しばらく窮屈だろうけど我慢してて」
凛々子の「中」に優しく閉じ込める。そのまま教室を出る。
廊下を歩いて階段を上がり、図書室に足を踏み入れる。
試験前でもなければここはさほど人がいない。本棚の間を意味もなくうろうろしたり、ぼんやりと窓の外を眺めたりして時間を潰す。カウンターの中に図書委員はいるけれど、特に迷惑をかけるようなことがない限り干渉はして来ない。
やがて、日が傾き、空が暮れる。校庭で活動していたサッカー部がマネージャーのいた辺りに集合している。何かを話した後、そのまま部室棟の方へ全員が動き始める。今日の部活は終了したのだろう。
凛々子は図書室を出て、再び昇降口へと足を向ける。
廊下を歩きながら、「中」にいるナツミに心で話しかける。声には出さずに。
──これからあなたのお兄さんが帰るのに合わせて私もバスに乗るわ。私が『合図』をしたら、あなたは私から出て自由になれる。
──合図?
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