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ナツミの不思議そうな声。凛々子はほんのわずかに頷いて、自分の鎖骨の辺りをダブルクリックでもするように指先でつつく。
──これが『合図』。あとはあなた自身でお兄さんの後をついて行けるようになる。そうしたければ、だけど。
──本当、に……?……
──ええ。
ナツミから伝わるのは安堵の感情だけだ。ここから結界のせいで動けなかったことは自然と彼女にストレスをかけている。多分、ナツミだけではないだろう。他にも同じような魂はいるかも知れない。まだ見つけていないだけで。
バスのロータリーには一応ベンチが据えてある。生徒たちはほとんどそこに座って待つことはしない。バス停は学校の目の前なのだ。時間調整のため待つなら、教室でも図書室でも部室棟でも、それぞれ過ごしやすい場所で待つ方が主流だから。
凛々子はそのベンチに腰を下ろし、スマホを取り出していじるフリをする。
少しばかり経った後、バスの時刻に合わせて生徒たちが集まり始める。その中に豊もいることを確認して、凛々子はスマホをしまって列に並ぶ。
さほど時間を置かずにバスが登って来る。本数がそう多い訳でもないし、部活の終了時間はバスの時刻表に合わせて決めているのかも知れない。
豊の乗るバスに凛々子も乗り込む。座れるほどには空いてはいない。立って手すりにつかまる。ブザーの音と共に扉が閉まって、バスが走り出す。
うねうねと坂を下る。女声アナウンスがふもとにあるバス停の名前を告げる。凛々子は手すりについている降車ボタンを押す。このバスは高校を折り返し地点にしている循環バスなので、高校の制服がそんな所で降りるとしてもあまりおかしな目で見られることはない。最寄り駅から乗って来ている、そんな顔で凛々子はICカードを取り出す。定期ではなく、念のため少しばかりチャージしてある無記名カードだ。
バスが坂を抜ける。凛々子はほんの少しだけレイヤを「下りて」おく。窓の外に例の結界が薄く見えている。
のれんをくぐるように、バスが結界を突き抜けて。
凛々子はカードを持つ手でそっと鎖骨をノックする。
ナツミは。
小さな羽つきの妖精のような姿でくるりと凛々子から飛び出した。驚いているのが判る。バスの中を蝶のごとく飛び回って、そして兄の肩の上にひょいと腰掛けた。
──どうして!? どうなってるの!?
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