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「…あの、芦谷くん…ですよね?」
放課後、バス停に並んでいた時に声がかかる。全く知らない相手だけれど、この所周りの女子の遠慮のないひそひそした噂話のおかげで何となく覚悟は出来ていた。
「はい、そうですけど」
芳明が頷くと、そのミドルボブの眼鏡少女はきゅっと唇を引き締めてから、
「あの……安斉さんとよく一緒にいらっしゃいますよね」
やっぱり。表に出さずに苦笑する。でも彼女の表情からして、からかいたいという類ではなさそうに見えたので、
「まあ、時々ね」
肯定する返事を返しておく。
「あの実は……」
少しばかり前のめり気味の声。芳明はその緊張を反らすように。
「もしかしてオカルト系の相談がある、みたいなこと?」
先回りしてみた。少女は目を大きく見開いて、それから微かに頷く。
「んー。……帰り少し遅れても平気? あと1本」
バス停にちらりと目を向ける。今の時間なら、これを逃しても20分後には来るはずだ。
「あ……はい、平気です」
「じゃ、学食行こうよ」
「はい」
ぺこりと小さくお辞儀をする。芳明と少女は、バスの列を離脱して校舎に戻る。
豊の件を「解決」した話は生徒たちの間でも噂になっている。どうやら芳明が凛々子の助手のようなことをしているらしいとも。例の件で学校中を一緒に歩き回っていたのだからもうその噂に関しては口に戸を立てることは無理だろう。だったら、恋愛関係みたいな誤解をされるよりも助手らしいことをしていた方がまだマシかも知れない。
そんな判断で、芳明は凛々子の相談の一次窓口にされるようなことはあり得るかなと覚悟していたのだ。
何せ、凛々子の見た目のとっつきにくさについては全く変化がない。本当に相談したいことがあるとしても、声をかける前の段階で尻込みしている向きも多いようだ。
だったらまだ自分の方が声をかけ易いのではないか。
それは芳明が勝手に思っていただけだったのだが、これで証明されてしまったかも知れない。学食の隅で向かい合って座った彼女を見ながらそんなことを考えていた。
「……で、安斉さんに相談したいことって?」
なるべくにこにこと話し易い雰囲気を心掛けたつもりだ。芳明はそのまましばらく彼女の気持ちが落ち着くのを待っていた。
ほんの数分。バスの時間という期限があるのを思い出したのか、自分に勢いをつけるみたいに短い息を吐いて。
「私の家で……熊のぬいぐるみが、動くんです」
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