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※
朝のHR前。芳明が教室に着く頃には大抵凛々子は席にいる。家が近くバス時間も気にしなくていいのに常に早い。多分芳明なら、交通機関による制約がなければギリギリに駆け込む方を選んでいるだろうなぁ、などと考えてちょっと苦笑する。
「おはよう」
軽く声をかけると凛々子はちらりと目だけを向けて小声で挨拶を返して来る。
「あのさ安斉さん」
「なに?」
「また『依頼』が入りそうだよ」
まだ予鈴前。少し余裕はあるだろう。芳明は座りながらごくかいつまんで里美の話を説明する。
凛々子はチャイムをバックにしばし考え込んでいたが、やがて小さくうなずいた。
「店に来てくれるのね?」
「そう言っておいた」
「うん、ありがとう。……見ただけで何か判るといいのだけれど。あと……」
ちらりと時計を見る。本鈴まではまだある。
「調べることになったら同行して欲しいわ。念のため」
「……うん、了解」
ホッとしている。表情が変わらなくても芳明にはそう見える。
霊が見えてしまうことで辛い偏見にさらされたり、そういうこともあったのかも知れないなんてことに改めて思い当たる。芳明が凛々子のその能力について否定的に扱わない、そんな出来事のたびに彼女は不思議と安堵している雰囲気になる。
妙なのだけれど。
芳明は確かに昔から霊感がない。なさ過ぎるほどに、ない。それが周りで話のネタにされて「いじられる」ことすらあった。
でも。ということは逆に、芳明の周りの連中は、芳明に感じる能力がなくても、それが確かに「いる」ことそのものは認めていたことになるのではないか。
「……あれ?」
ということは。
見えてる誰かがいたんだろうか。中学の頃。
「何が『あれ?』なんだ芦谷」
「あ」
いつの間にかHRが始まっていたらしい。担任の、白髪交じりの数学教師の不審そうな目が突き刺さる。周りからくすくす笑いが洩れる。
「す……すみません」
思わず縮こまる。笑いのさざ波もすぐに引いて、いつものように平和な1日が始まった。
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