エクストリームNO・GU・SO

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 やがて件の人物が立ち上がる。氷に白く覆われた山頂部に先程までなかったはずの黒い点が見える。絶妙のタイミングでカメラがズームインしていく。  観客が立ち上がり始めた。スタンディングオベーション。ブラボーと言う叫び声があちこちから上がる。  レンズがついにはっきりと標的を捕らえた。さりげないながらも圧倒的な存在感。ほかほかの湯気まで伝わってくる。次の瞬間、画面が切り替わる。アップになったサングラスとマスクの人物が上空のカメラに向かってゆっくりと大きく右手を伸ばし、親指を晴天に向けて真っ直ぐに突き出した。  場内は総立ちだ。割れんばかりの拍手と絶叫にも似た歓声がうねりとなって場内を埋め尽くす。人々の声が揃い出す。呼んでいるのだ。スクリーンの中の人物、人類初にして最高のエクストリーム・エクスクリーター、ベン・デル・シニア博士の名を。その呼びかけが絶好調に達した瞬間、スクリーンが中央から切って落とされる。  その向こうから登場した人物にすかさずスポットライトが当てられた。2メートルに近い身長、やや痩せぎすで、豊かな銀髪。大胆かつ挑発的な視線。舞台の中心で両手を広げ不敵に微笑むその男こそ、山頂でのチャレンジャー、ベン・デル・シニア博士その人だった。 「そろそろ話してもいいかな?」  熱気覚めやらぬ会場に落ち着いた声が響き渡った。それを合図に人々が席に着いていく。スクリーンの中で見せた並外れたカリスマ性はステージ上でさらに遺憾なく発揮されている。まるで指揮者だ。観客はまるで博士が振るう指揮棒に従う楽団員だ。 「今日は私のEX3PO(エクストリーム・エクスクリーターズ・エクスポ)へようこそ。いや、それは私が勝手に言ってるだけで、今日の講演は、実際には、シンキング・エクスクリーション・ディッファレントリー、それとも、トライ・エクスクリーション・ダイナミックウェイだったかな。とにかく何かそんな感じの名前のイベントと似たものでしょう。正直、私にとって集まりの名前はどうでもいいことだ。私が話したいのは、つまり私が皆さんとこの場で共有したいのは、皆さんと私を自由へと導く素敵な体験の話だけです」  回りくどい語り口は博士の持ち味だ。観客はよくわかっている。アメリカでの講演なら膝を叩きながら笑い出す観客がいるはずだ。ここは日本、皆おとなしく、同時通訳が翻訳する博士の声に熱心に耳を傾けている。
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