エクストリームNO・GU・SO

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「先程の映像はこの春に私が初めてエベレストに登頂した際のものです。いかがでしたか」  ここでロックスターのようにマイクを観客に向ける。反対の手を耳に当てて返事を待っているポーズ付きだ。これには日本の観客も反応しない訳にはいかない。最高、すごかったなどといった日本語の反応に混じってグレイト、マーベラスという拙い英語も飛び交う。博士は片方の眉を持ち上げながら満足気に唇の端を持ち上げ、ホラねとでも言っているかのように両手を広げ肩をすくめた。 「世界の最高峰でのチャレンジは素晴らしいものでした。もちろん、山頂へのアタックに欠かせない防寒着をどうクリアするかは技術的に大きな課題でした。四重のフラップと寒気を防ぎながら一方通行での排出を実現したウェアは試作の段階での想像以上に抜群の使い勝手でしたが、薄い大気と低い気温、不安定な足元、そして強風」  過酷な状況を思い出しているのだろうか、博士は観客席の上に吊るされたライトを見つめるかのように顔を上げた。 「皆さんも御存知の通り、私は筋金入りの無神論者です。論文を除くと初めての一般向けの著作、『エクス・クリエイション』では、あえてEXCRETIONのつづりにAを加えたことでバチカンから大目玉をくらいました。南米の数か国ではいまだに禁書扱いです。宇宙飛行士として滞在した宇宙ステーションでの船外活動、あの時のチャレンジは今回以上に技術的な困難を伴いました。なにしろ宇宙空間にお尻を晒すわけにはいきませんからね。無事に終えた時は単なる解放感以上の達成感に満たされたものです。私から離れていった分身はあっという間に地球の裏側まで飛んでいった。そのあとは地球に再突入して燃え尽きたはずです。そう、あの時ですら、私はチャレンジを楽しんでいました。もう一度言います、私は筋金入りの無神論者です。尊敬する先輩科学者であるドーキンス博士にも負けないほどの。けれど、今回のチャレンジでは何か大きな力を感じたのです。それは神なしではいられない人類の性なのか、それとも私を呼ぶネイチャーなのか」  会場は静まり返っていた。博士の一言一句を聞き漏らすまい、人々の覚悟が伝わってくる。
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