エクストリームNO・GU・SO

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 長い間があった。開かれた博士の目が潤んでいるように見えたのは気のせいだろうか。 「日本での先行研究を発見した時、私はその衝撃に震えました。かつて日本に存在した独立国、今はその存在すら忘れ去られようとしている小さな幻の国『吉里吉里国』での研究です。道端で、野で、自由気ままにまるで子犬のように。私が目指しているものと同じだ。しかし、医療での立国をめざした『吉里吉里国』はその先進性を恐れた各国の干渉による騒乱の中、呆気無く消滅してしまいます。そして研究の成果も今は、日本人作家があえて空想の物語としてしたためた長大な小説の中の一節に痕跡を残すのみです」  博士は両手で口を覆った。 「失礼。研究に於ける自由が環境によって制約されることもあるという悲しい事実は私を打ちのめします。私自身がまさにそうです。もっと自由を、そう願いながらも様々な束縛の中で生きているのです」  博士は再び顔を上げた。 「私は自由を勝ち取ることを決意しました。そのために何ができるか、それからの日夜はそればかり考えて過ごしていたかもしれません。その結果、私は人類にとっての「GAMAN」からの解放を、研究やスローガンではなく、エンターティンメント性あふれるエクストリームな競技として実現することに思い至りました」  先程までの思い詰めた表情から一転、登場した時よりさらに自信に満ち溢れ両手を広げる博士。スクリーン上には様々な場面でカメラにサムアップした博士の姿が並ぶ。場内の観衆が再びスタンディングオベーションで応える。 「アリガトゴザイマス」  笑顔から飛び出した日本語とそれに続く反応を煽るような仕草に会場が一気に湧いた。 「エクストリーム・エクスクリーション、いえ、皆さんがそう呼んでいないことは私も十分承知しています。そう、極限に挑戦する、それが、エクストリームNO・GU・SO」  会場の拍手がヒートアップする。それに応えるように博士は決めポーズのサムアップ。会場の温度が上がった。 「OK、OK」  満足げな博士が手を振りながらクールダウンを呼びかける。が、会場の熱気はおさまりそうにもない。不敵に笑った博士は一昔前の司会者のようにスクリーンに向けて手を振る。  映し出された渋谷のスクランブル交差点を見て人々の拍手が止まった。 「私が日本に来た理由をまだお話していませんでした」  博士の声がひときわ大きく響いた。
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