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目の前に長さ5メートル程の橋が見えてきた。
幅は車二台がすれ違えるくらいは十分にある。
その橋がかかるのはこの町を北から南へ縦断する三本松川。
普段浅瀬で夏場には子供の遊び場になるほど穏やかなこの川も、丸一日以上降り続いている大雨で溢れんばかりに増水していた。
南から北へ向けて唸りを上げる濁流に、恐怖を覚えた。
いつもなら意味もなく橋から下を覗き込むのに、今は迂闊に近付くと川に引きずり込まれそうで欄干から一歩退いた位置を歩く。
橋の上を通りかかると、一層強い風がレインコートのフードを剥ぎ取り、キャップを宙に舞わせた。
キャップは強風を受けてまるで逃げるようにアスファルトの上を転がり、橋の欄干の隙間から姿を消した。
慌てて追いかけて橋の上から濁流の中にキャップの姿を探すが見つからない。
喪失感に目の奥から熱いものが込み上げようとしていたその時、濁った川の中からキャップが顔を出した。
橋の裏側が浸かるほど増水した川の水にどこからか流されてきた大きな木の枝が橋の裏側で行き場をなくしていた。
川の流れ、水の浮力、橋の圧迫の微妙なバランスによって枝は身動きが取れなくてなっている。
さらにその枝の先にキャップが引っかかっていた。
あの距離ならなんとか届くだろうか。
欄干の隙間から身を乗り出すと、思い切りキャップに向かって手を伸ばした。
指先が届きそうで、欄干の隙間から身を乗り出して肩から指先まで一本の棒になったかのように伸ばす。
中指がキャップに届こうかというその時、前のめりにバランスを崩した。
橋を掴んで身体を支えていた左手は所在をなくし、濁流が目の前に迫る。
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