学園刑事物語 電光石火 中編

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「病院まで送って行くね。弘武君、自転車も辛そうだし。それで、診療が終わったら連絡を頂戴。迎えに行くからね」  希子には店番もあるのだから、そんなに甘えていられない。俺が首を振ると、季子は俺の意見は無視していた。 「佳親(よしちか)君、弘武君が風邪なの。病院に連れてゆくから、店番してね」  希子は、佳親に電話していた。 「いや、一人で行けます」  俺の言葉も、季子は完全無視してやりかけの仕事を片付けていた。 「…………」  俺は、この家を離婚して出て行った母親に死なれて、兄である佳親に引取られた。しかし、最近分かったのだが、母は代理出産で俺を産み、本当は二十二歳ほど年の離れた兄、佳親と季子の子供であった。  でも表向き兄弟であるので、店では兄さんと季子さんと呼んでいる。  部屋に帰り、着替えていると、一緒に住んでいる兎の春留(はるる)もクシャミをしていた。 「春留も風邪か?動物病院に行くか?」  でも、よくよく考えると、春留が俺の布団に潜りこみ、暑くなって毛布をひっくり返したので、俺が風邪をひいたのだ。その暑かった春留も、風邪をひくというのは、何か可笑しい。 「春留、病院に行くか?注射があるぞ」  春留が部屋の隅に逃げてゆくと、戸の中に隠れてしまった。春留は言葉が通じるので、注射に反応している。 「ま、春留の前に俺が病院か……」  着替えて外に出ると、季子が車の前で待っていた。  俺が慌てて走ると、季子が心配して寄ってきた。 「弘武君、足がふらついているじゃない。走らなくてもいいよ」  ふらついているのか、足元がふわふわしていた。 「はい。すいません……」  車に乗り込むと、季子は大きな病院に連れて行ってくれた。 「ここって、前に俺が入院した病院ですね」  貨物ではなく、客船の止まる港に面して病院が建っていた。まるで高級マンションのようで、ガラス貼りのロビーの上には、コーヒーショップが見えていた。 「そうね。西新町の方は駅前でいいけど、弘武君のカルテはここにあるからね」  三年前、喧嘩で怪我をして、この病院に入院した。当時の記憶が甦ってきて、通路にはあの日から会っていない海堂の、流した血の筋が残っている気もした。 「では、終わったら電話をします」  病院の中に入ると、当時とあまり変わってはいなかった。内科に並ぶと、ここはもしかして、紹介状が必要なのではと言い訳を考えてしまった。
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