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ペタペタと石の床をこちらに向かって歩いてくる敬一君の足音を、地獄耳で聞き取り、それが湯船の前で止まると、僕は名前を呼ばれる前に振り向いて言った。
「ねぇ、敬一君、さっきの湖を作る予定の場所だけど、あんなに丸見えでいいの?」
「ビックリした! 気配で解るんだ?」
驚いた顔で敬一君が立ち尽くす。
「違うよ。僕は地獄耳なんだ。ねぇ、僕、工事中のあの場所が丸見えなんて、この島の美観を損なってる気がするよ。あ、こんな事言うのは小姑みたい……」
僕は指先で唇を閉じ、敬一君の顔色を見た。
「実はこの島を設計した人に以前同じような事を言われた事があるんだ」
敬一君はそう言いながら、僕と同じお湯に静かに浸かった。
「設計者の指示に従ってないって事?」
「うん、まぁ。そうだね。その人は全然この島に来なくなったし、僕達は適当にやってしまってる」
「従わないとダメですよ~。怒られますよ~」
僕はおどけた口調で言った。
怒られる事なんかないのは解ってる。だって、設計者を雇ってるのは敬一君のお父さんなんだから。結局は自分達のやりたい様にやればいい事だ。
「そうだね、いつ誰が来てもいいようにいつも完璧にやらなきゃね。それに君はVIPだったし、クレーム入れられた僕は責任感じちゃうよ」
「そうだよ、お客様は神様ですって、日本の格言があるんでしょ?」
僕は手のひらですくったお湯を敬一君に笑いながらバシャッと掛ける。
「うわっ。やると思ってたよ! それにそんな格言聞いた事ないよ!」
しばらくお湯の掛け合いをして遊んでいる内に完全に日は落ちていった。
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