0人が本棚に入れています
本棚に追加
『ま』
窓枠に切り取られた景色。
それは大小様々なスクリーンのように、
人間の人生を見せてくれる。
「また夏休みになったら遊びに来るからね!」
「背も、もっともっと大きくなってるからね!」
「あのね。おばあちゃん!大好きだよ!元気でね!」
子供たちが老人にぎゅっと抱きつき、母親に連れられて電車に乗り込む。
徐々にスピードをあげる列車に向かって満面の笑みを浮かべていた老婆が、
完全に電車が見えなくなった後にそっと、溢れる涙を拭う。
『た』
黄昏時の校門でのひととき。
それは誰しもが懐かしく愛おしく思う、かけがえのない青春。
「そろそろバイト行かないと」
「え、シフト増やしたの?なんで?」
「別に。じゃーな」
男は愛想なく、長い足でどんどん反対方向に歩いていく。
長くなっていく影を眺めながら手を振っていた女が、
思考の読めないオトコに淋しさを感じて溜息をひとつ。
『ね』
猫たちが月明かりに集う夜。
それは賑やかなようで切なく悲しい、
この世を去ったものとの別れ。
「それでは、今から新たな長老を決める」
「強く逞しい俺こそが相応しい!」
「知的で洗練されたあたしだよ!」
猫たちは毛を逆立て、互いに威嚇し牽制しあう。
それをいちばん遠く、木の上から醒めた瞳で眺める黒猫が、
かつて誰からも好かれ愛されていた長老へ静かな祈りを捧げる。
『またね』
それはとても優しい言葉。
大切な誰かへの
再会の約束。
その一言さえあれば
世の中捨てたものじゃない
そんな気がしてくる。
最初のコメントを投稿しよう!