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廊下からスリッパで歩く足音が聞こえてくる。ぼくらは慌てて唇を離して、お互い素知らぬ顔でスマホを覗きこんだ。他愛のない会話をする。
「スペイン、ベルギー、ドイツ、イタリア……ヨーロッパは避けたほうがいいかなあ」
「フィンランド、バルト三国あたりはどうだろう」
ぼくと健人(けんと)は、年末ギリギリになって、ぼくらの実家のある神奈川に帰省した。
だけど、どこにいても一緒にいることには変わりはない。
ぼくらが恋人同士になって初めての年越しを一緒に過ごすため、健人は大晦日の午後から、ぼくの実家へ来ていた。
夜は横浜みなとみらいでカウントダウンをして、そのまま神社へ初詣に行く予定になっている。コツコツとノックの音がした。
「お蕎麦もってきたわよ」
母さんが、大きなお盆に年越し蕎麦をのせて、ぼくの部屋の扉を開けた。健人がローテーブルに散らかしていた雑誌やパンフレットをまとめて床に置く。
「おまたせ。さあ熱いうちに食べてね」
きみは正座で座り直すと、百点満点の笑顔でぼくの母さんに微笑んだ。
「ありがとうございます。ぼく、おばさんの年越し蕎麦、楽しみにしてました」
「やだ。南澤(みなみさわ)くん、お蕎麦くらいでそんな。後で今朝焼いたパウンドケーキも持ってくるから、それも食べてね」
「はい、ありがとうございます」
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