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辺りがザワッとした。すると一気に歓声が広がる。近くの誰かがいった。
「一分前だ」
いきなり腕を強く掴まれる。体を回されると、近藤さんがぼくの顔を覗き込んだ。怒った顔だけど、眼差しは慈愛に満ちている。
「ねえ先輩!さっきの言葉、撤回してください。欠陥品ってなんですか!そんな言葉、人に使っていい言葉じゃない。まさか本気で思ってるんじゃないでしょう。じゃなきゃ、先輩の大好きな恋人は欠陥品と付き合ってることになる。それでもいいと思ってるんですか!」
彼女がそんなことをずっと気にしていてくれていたことに胸がぐっとなった。さっきは、子どもの頃からのいろんな経験や劣等感から自然と浮かんだ言葉を口にしただけだった。彼女に叱られると、健人がぼくに告白してくれた時のことを思い出す。きみはこんなぼくを”生きる糧”だといってくれたのだ。我慢していた涙が一気に溢れ出てくる。首を思い切り横にふった。
「ごめん……もういわない。もういいません」
大晦日の空を仰いだ。空はひとつだ。きっとこの同じ空の下近くにきみはいる。
マフラーを鼻のところまで深く持ち上げた。ぼくらが恋人同士になった日から、きみに借りたままになっているマフラーだ。きみの匂いがするから、気に入ってあれから毎日使ってきたけど、そろそろきみの匂いが薄くなってきている。手で押さえて、思い切り息を吸い込んだ。するとしゃくり上げたようになってしまう。
「健人……」
まわりのざわつきが大きくなった。
『キュー!ハチ!』
聞きたくなくて、ぼくは耳をふさいだ。するとまた誰かに腕をつかまれて体を回される。マフラーをずらしてぼくの顔を覗きこんできたのは、なんとえくぼをつくった健人だった!
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