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◇
僕の頭が世界だとしたら、今がまさに終末の時だ。
それくらいの頭痛に苛まれている。
自らの才能を抱えきれずに躁鬱を繰り返す芸術家がもよおす頭痛なら、まだ格好がつくだろう。
しかし、残念ながら、これは二日酔いによるものだ。
昨夜、僕は、飲み慣れないワインを飲んだ。
食べ慣れない、生ハムで巻かれた果物を食べた。
「オシャレな人は、オシャレなものを口に入れるんですね」
なんて、ヘラヘラと笑いながら、脳みその裏側は慣れたビールの苦味を恋しがっていた。
そんな僕が、勧められるがまま惰性で飲んだワインは、一晩かけて、体内で毒となったらしい。
頭は割れそうに痛いし、胃がムカムカとしていて気持ち悪い。
そんなわけで、朝からトイレにこもること2時間。
僕は面倒くさい性分で、吐きたくても、吐けない。
吐くことに恐怖を覚えて、うまく出せないのだ。
トイレの小窓から、セミの鳴き声に混じって、小学生達の賑やかな声が聞こえる。
今は夏休みのはずだから、今日は登校日かなにかなのだろう。
朝からご苦労なことだ。
塀と壁を隔てたところで、おじさんは憔悴しているよ。
二日酔いは想像を絶する苦痛を伴うんだよ。
君たちもよく覚えておくといい。
そんなことを思っていると、トイレの戸がドンドンドン!と殴打された。
知らない人がこの音を聞いたら、借金の取り立て屋だと思うのではなかろうか。
しかし僕は、戸の向こう側にいる人物を知っている。知っているからこそ身構える。
「あのさ、いつまで篭ってんの!?」
案の定、大声を張り上げたのは、僕の姪だ。
名前もメイ。「明唯」と書いて、メイ。
24年前、僕の兄がつけた。いい名前だ。
「指つっこんだら、否が応でも出てくるでしょ!?
なんでそんなに時間が掛かるの!?」
天使のように可愛かった明唯は、いつの間にか、喉に指を突っ込んで吐けと叔父に促す暴君になってしまった。
明唯に責任はない。育てた僕の責任だ。
「あー、もういい!コンビニで借りるから!」
いまいましげに、今一度、戸を強く叩いて、明唯の足音は遠ざかっていった。
「いつまでも姪っ子さんを可愛がる必要はないんじゃない?」
昨日、一緒に飲んだ人はそう言っていた。
困ったように笑った唇は、切ったばかりの薔薇の花のような色をしていた。
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