第一話 逆巻く記憶

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あいつも、取り乱したりするんだな? 何があっても冷静沈着で、何があっても物怖じしない奴だと思っていた。 中学は貴志が生徒会長で俺が副会長だったし。高校では同じ学校に進んで、逆に俺が会長で貴志が副会長だった。 俺だったり、ひなこだったり、雪だったり、どんな奴のどんな事件や揉め事でも、自分がやると決めたなら、必ず納得の行く決着が着く様納めて来たあいつとは思えない様な取り乱しっぷりだった。 二人の姿が見えなくなってから、俺は席に着いて、雪がくれた缶コーヒーを口にした。 「またね」 餞別に買ってくれと雪にせがんだコーヒーだったからか、コーヒーの味を舌で感じた瞬間、別れ際の雪の言葉が甦った。 瞬間、俺は涙していた。 貴志と雪と遊んだ、幼い頃の泥の海。 ひなこを傷付けた記憶に怯え、雪と朝まで眠ったあばら屋での夜。 ひなこにけがをさせた事を咎められて、貴志にやっと本音を曝け出せた時の事。 ほんの僅かでも、傷付けたひなこに贖罪出来た時の事。 最後に、再び泥の海で、ひなこと邂逅した最後の時間。 それら全てを経て、自分は泥の海での生涯を終えたと言う実感と達成感。 自分はもう二度と、あの地を踏む可能性もなければ、義務も謂れも手放したんだ。 その安堵感と解放感。 そして、孤独。 嬉しくて、ちょっと切ない。 俺は贖罪に、孤独と別れを選んだ。 犯した罪の償いに。
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