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風呂から出ても、その不安は解消されることなく、俺の心に居座り続けた。
「ご飯できてるわよ」
真波に声をかけられテーブルにつくと、美味しそうなハンバーグと白米が視界に入る。
「いただきます」
俺と真波は手を合わせ、同時に言った。
相変わらず、真波の作るハンバーグは美味い。気づかないうちに白米が減っているのだ。
そして、結局真波からは何も言われることなく夕飯を終えてしまった。
「ごちそうさま」
ご飯を一粒も残すことなく食べ終えた真波は、手を合わせて唱えた。
「ごちそうさま」
俺も同じように呟く。
一緒に住み始めてから、『“いただきます”と“ごちそうさま”はちゃんと言わなきゃダメ』と真波は俺に、口を酸っぱくして言っていた。俺が無意識に言えるようになるまで、飯の度に何度も繰り返した。はっきりとは覚えてないが、それまでおよそ二年くらいかかったのではないか。
結局、夕飯の後ですら真波からは何も言われない。不安はやがて、苛立ちへと変わっていった。
この後はいつものように、二人は別々の布団で眠るだけだ。
三年前くらいまでは、毎晩真波と一緒の布団で寝ていた。真波を抱きしめたときの、幸福が満たされるような懐かしい感覚が蘇ってくる。ブルーだった気分が、さらに青みを増していく。
不安と苛立ちと悲しみが入り交じった複雑な気持ちで、俺は真波に問いかける。
「真波、今日、何の日か覚えてる?」
「え? ん~。何の日だったかしらね」
曖昧な笑顔で最愛の女にそう言われ、俺が泣きそうになった直後、ドアの開く音がした。
「真波ー! 帰ったぞ」
そう言って帰ってきた父は、大きな箱をテーブルに乗せる。
いつからだろうか。父を真似て、母親のことを名前で呼び捨てるようになったのは。
「もう、遅いじゃない」
「すまん、道が混んでて」
「じゃあ、計画通りいくわよ」
真波が父にこっそり何かを渡す。
「せーの」
小さな声で、父と真波が合図をする。
パーン! とクラッカーが大きな音を立てる。
そう、今日は俺の誕生日なのだ。
イチゴの乗ったバースデーケーキがテーブルの上に姿を現す。
ケーキに立てられた七本の蝋燭に火が点けられ、明かりが消される。
「七歳のお誕生日おめでとう!」
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