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僕と彼女は時折、そうして放課後の教室で一つ二つと言葉を交わすようになった。
うちの学校は部活動に力を入れているところが多く、残りの生徒も早々と学校を出ていくものだから、僕ら二人に妙な噂が立つことはなかった。
席替えの時期が来るたびに、なるべく後ろの席になることを祈っていた。
彼女をただ、後ろから見ていられる席が良かった。その瞳が見えなくても、彼女の瞳がいつもどこに向けられているかさえ分かればよかった。
窓の外を見ているときは、僕も窓の外を見ていた。
黒板を映しているときは、同じように僕も黒板をこの瞳に映した。
いつか、僕はこの手で彼女のその目をとり出してみたい。
温かいその目蓋をこじ開けて、その水晶のような丸い塊を潰さないようにきれいに。
きっと血に塗れてしまうから、綺麗な水で洗って。
二つの珠(たま)を並べて眺めてみたい。
どんなに美しいだろう。
その妄想は、授業を聞くことよりも脳内を埋め尽くす。
鏡を見ても、僕の瞳はただの瞳でしかなく、これを水晶のようだとはどうしたって思えなかった。
「ねぇ、結城くんって、いつも私を見てるよね」
それは秋の放課後の教室で、彼女が口にした言葉だった。
甘い思いからではない緊張が、一瞬身体を覆ったのが分かった。
「…」
僕は変に反応する気もなく、沈黙を貫くことにした。
勘違いされるわけにも、この胸の内を明かすわけにもいかなかったから。
彼女はその瞳を少しだけ揺らしながら僕の様子を窺っていたけれど、僕が話そうとしないのを察したのか、また一つ言葉を繋ぐ。
「私が、見ているのかもしれない」
秋の風が、一つだけ開いた窓から教室に吹き込んで、彼女の艶やかな髪をわずかに揺らした。
こちらを見つめる瞳から目が逸らせなかったのは、やっぱりその美しさに見惚れていたからだった。
「え…」
「結城くんのことが、いつも視界に入ってくるの。なんでかな」
問い掛けているのか、自嘲してでもいるのか。どちらともつかない響きが、ほかに誰もいない教室に静かに落ちた。
「好き…なのかもしれない」
緊張するでもなく、けれど慎重に話す彼女が、僕のことを好きだとはどうしても思えなかった。だって、彼女の瞳の先にはいつも、違う人がいたはずだ。
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