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「クロノスが率いている組織の名は、“天華団(てんげだん)”。天華とは、天下太平をなし世界に華をそえる者、という意味らしい。しかしその実態は、人類をより高位へと昇華させるためには天下に血の華を咲かせることも厭わない非人道組織だ。梓、君は、我々も似たようなものだと思っているようだがね、犠牲なしに平和をなしえることは不可能であることはしっかり頭に刻み付けられているだろう。いくら記憶を失っても、痛みは残っているはずだよ。信じた仲間が裏切り、裏切られて死んでいった、その痛みが。それが君を今まで導いたのだとすれば、我々の活動も無駄ではなかったということだ。そうは思わないか?」
「わからない…」
梓はそう言って顔をふせて押し黙る。
「答えは今すぐでなくていい。ゆっくり考えて答えをだしなさい。私はいつでも待っているから」
斎はそう言って優しく笑顔し、暗闇の中に消えた。
「梓…」
そう言って杉浦は梓をいたわるように肩を抱いたが、梓はもう以前の明るさを保てるような状況にはないことは明らかだった。
梓がツクヨミの零課から姿を消したのは、それからちょうど七日がたった頃だった。
荷物はそのままに、杉浦の机の上に錠剤の詰まった小瓶を残して、梓は出ていった。
錠剤は、杉浦のための治療薬であることはすぐにわかった。
パックマン事件で浴びた毒を解毒する薬。
梓は、何かの交換条件としてこの薬を手に入れたのだろう。
それは、“日輪”に入団することだろうか。
そうだとしたら、自分はまた、逃げたのだ。
大切なものを失うことから逃げ、そして、結局は失った。
杉浦は無表情のまま涙し、意識を失う。
その刹那で、杉浦は、母の声を聞いた気がした。
あざわらうかのような、その、笑い声を――。
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