願わくば花の下にて春死なん

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4月は明日だというのに、山に至る坂道は寒かった。 春風駘蕩とは言い難く、春北風(はるならい)が肌を刺す。 「やっと見えてきた」 ククノはひと息つくように呟く。 山深い丘陵地に、その白山桜の老樹は威容を誇っていた。 「お久しぶりです」ペコリと頭を下げる。 推定樹齢400年の古樹だと聞く。 まだ桜の花は咲いていない。 緑の丘陵にひっそりと佇む老いた桜。 ごつごつとした幹は太く、大きく5本に分かれていた。 両翼を広げ大空に羽ばたく様に見えるが、大地にがっしりと張る根が軛(くびき)となっている。 人間も同じではないか。訳もなくククノは思った。 「まだまだ元気ですね」 樹の状態を眺めながら独りごちた。 梢には白いつぼみが見てとれる。 山桜は淡く白い花が咲く。もうすぐ花開くだろう。 「あら、お客さんが来たのね」 ふいに湧いた声に驚いて、辺りを見廻した。 すると反対側の根元に、品の良い老女が座っていた。 「失礼しました」 ククノは最初、桜の樹の精かと思った。 老女の豊かな白髪が、白山桜のつぼみと同じ色をしていたからである。 「花見じゃなさそうね」
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