第一話 いやだと言ったら、いやです。

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 今日は少し冷えるよう。ふと吐いた息が白く染まってびっくりしました。冬はまだ遠いというのに! 「アルテナ」  ふと呼ばれて、わたくしは顔を上げました。  そして、はしたないことですが「あっ」と声を上げてしまいました。 「勇者様……」 「お仕事中すみません」  そこに立っていたのは誰あろう、この国の英雄、勇者アレス・ミューバッハ様。  すらりとした長身の上にのっかった優しげな顔。どちらかと言うと中性的で、髪型や服装次第では女性に見えるかもしれません――背が高すぎますが。  淡い茶髪は大人しく、柔らかい光をたたえた緑がかった瞳さえも控えめです。一目見て、彼が英雄だと気づく人はきっといないでしょう。 「こんな朝に……修道院に何かご用事ですか?」  わたくしはほうきを動かすのをやめて、勇者様に向き直りました。  いや、と勇者様は苦笑しました。 「あなたに会いに来ました。アルテナ」 「わたくし……ですか?」 「ヴァイスがいつもご迷惑をおかけしてます」  頭を下げられ、わたくしは慌てました。 「そんな! 勇者様がお詫びになる筋では……!」 「いや。実は俺たちもあいつの暴走をうまく止められないでいるんです。あいつがしばしば無茶をすることを知っているのに……あなたにはいやな思いをさせます」 「そんな……ことは」  いやな思いでした。とってもいやな思いでした。  けれど、それを勇者様のせいにするつもりは、これっぽっちもありません。 「どうか顔をお上げください。騎士ヴァイスの行動の責任はあくまで騎士ヴァイスにあります。もういい大人なのですから」  勇者様はゆっくり顔を上げ、わたくしの顔をじっと見ました。  そして、もう一度苦笑しました。何だか苦労がにじみでている苦笑でした。 「それもそうですね。でも謝りたかったんです。ヴァイスのことは、他人事ではないから」 「……」 「俺たちは六人で魔王を倒しました。六人いなくては為しえなかった。でもとりわけヴァイスは本当に……本当に重要だったんです」 「勇者様……」 「今でも俺たちは魔物狩りが仕事ですが、そっちに関してもヴァイスの力が大きいですしね」  わたくしはかすかに感動を覚えました。魔王が倒されて一年。それでも消えない絆がここにある……
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