第一話 いやだと言ったら、いやです。

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 唇を奪われたことはあまりにいきなりすぎて、『奪われた』感覚さえありませんでした。  ただ唇が燃えるように熱くなって、呆然とした頭で『よく分からないけれどとんでもないことをされた』とだけ思ったあの瞬間――  そして日が経つにつれ、ふつふつと怒りが湧いてきたのです。  本当に、とんでもないことをしてくれたのです、あの人は。  ――たとえ星に身を捧げた巫女といえど、唇が大切であることにかわりはないのですから。  わたくしとシェーラは朝食のために食堂へと向かいます。  道中、シェーラは町の噂話を面白おかしくわたくしに語ってくれました。シェーラはとても交友関係が広いので、こういった話題には事欠きません。  楽しげなシェーラを見つめながら、わたくしはふしぎに思います。――シェーラはなぜ星の巫女になったのだろう。  生まれはこの国の名士ブルックリン家です。本人の性格を考えても、普通に嫁いで普通に子どもを産んで、普通に幸せになるのが似合っている気がするのですが…… (いえ。どんな人生を選ぶかなんて人それぞれ)  わたくしとて、生まれは隣町のそこそこ名士の家です。たぶん親は人並みに嫁いで人並みの生活を送ることを期待していたでしょう。巫女になると告げたときの両親の顔を、わたくしは一生忘れません。  それでも、それを押し通しました。自分の人生でしたから。  よもやそれを、星の託宣そのものに否定されるとは思いませんでしたが…… 「アルテナ? どうしたの?」  黙りこくったわたくしを心配して、シェーラがこちらの顔を覗き込みます。  あいまいにごまかしながら、わたくしは心の中で思いました。美しく明るく優しいシェーラ。人付き合いも上手で、見た目も華やかで、きっとあの騎士と並んでも遜色ないに違いありません。  かたやわたくしは褪せた茶色の髪に、味も素っ気もない黒眼。自分の容姿を恨んだことはありませんが、あの騎士の隣に不釣り合いなことぐらいは自分で分かります。  ああ、どうして―― (……どうして、騎士のお相手はシェーラのような人ではなかったのだろう) *  朝ご飯を食べ終わり、わたくしは前庭の清掃をするため、ほうきを手にして建物を出ました。  今は秋。樹木の豊富な修道院の敷地内では、落ち葉真っ盛りです。それを掃いて集めて燃やします。
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