喪失

14/19
前へ
/19ページ
次へ
「シンジロさん好きだったの、これ」 冷凍焼けした肉まんは、皮が喉にくっついた。お茶で流し込みながら雪華が呟く。 「シンジロさん、私が日本に来て勤めてたお店の常連さんだった。最初の頃全然気付かなかった。気がつくと座ってて、いつのまにか消えてた。ニンジャみたいな人ってママ言った。そのうち話するようになって、相談ごと持ちかけるようになった」 あの頃悩んでいた恋愛。妻子ある男とスナック勤めの女の話なんてよくあること。ただ、日本語もまだ覚束ない雪華には、ましてや田舎育ちの彼女には全てが初めてのことで、浮かれては沈み沈んでは浮き上がるのくりかえしで、疲れはじめていた。 ある日、店の前で大喧嘩をして男がそのまま帰った。 泣き崩れる彼女に手を差し伸べたのが信二郎だった。そのまま彼の部屋に行き、別れた男は二度と店には来なかった。 「年の差は気にならなかった。気になったのは彼の親戚の人たち。私を邪魔者扱いにした。今もそう。私が中国人だから」 半分は雪華の思い込みかもしれない。今時、伴侶が外国人というのは特別珍しくもないから。 半分は合っているかも知れない。親戚達はその頃既に信二郎には持病があることを知っていた筈。病院で配られた入院経過報告書には、彼が発病する10年以上も前から別の病を抱えていたことが記載されていた。そんなに永くは生きないだろう信二郎の、妻になるという若い女を財産狙いと思う親戚がいたところで不思議ではないと思う。 無関係の春海は、口をつぐんでいるしかないが。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加