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「私かどうかわからないじゃない?」
「大丈夫。私はちゃんと登録しておきますから」
春海の思いが流れ込んで来る。自分の名前を頻繁に目にするのは、雪華の為にはならない。過去に繋がるものは、新しく人生を始めるときに邪魔になる。特に、春海の名は信二郎との思い出に直結する。
将来を想像した時に、雪華が罪悪感を感じないように。
そうやって自分は忘れられて、独りで記憶を溜め込んで行くのね。馬鹿な人。それじゃ友達には、なれないじゃない。
「それと。
雪華さんが思っているほど、周りの人は意地悪な人ばかりではありませんよ。私と話すように、他の人にも話してみてください。日本語わからないって顔をせずに。
笑ってください。さっきみたいに。貴女が笑うと周りも明るくなります」
雪華の背中をぽんぽんと叩く。彼女にはそれが、大人になりなさいよと母親に諭されているように感じる。
「ありがとう。これ引き出しに入れておく」
今までと同じように。必要なときに引っ張り出す。
「そうしてください。
それでは失礼します。ありがとうございました」
「私こそありがとう。無理言ってごめんなさい」
静かにドアを開けて、彼女が出ていく。思わず伸びかけた手を、慌てて引っ込める。
心の中で呟く。
「再見」
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