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ここはどこだろう。
彼女が目を覚ました時、最初に見たのは蛍光灯。オレンジの光が目覚めたばかりの彼女に優しく降り注ぐ。既に夜に近い時間になっている。お腹すいた。ご飯の支度しなきゃ。
掛け布団を剥がそうとして気付く。
ここは、病室。
意識を失う前の記憶が押し寄せる。
「シンジロさん!」
私何やってるんだ、シンジロさんが!
裸足で駆けだしドアの取っ手に手を掛けたところで固まる。
病室の外。廊下で声がする。
(お義姉さん。)
「全く。いい恥かいたわよ、雪華ときたら。大声で騒いでさあ。あれだけいつ逝ってもおかしくないんだから覚悟しときなさいって、言ってあったのに。……ええ、もう起きる頃だから。直接会場に連れてくわ。喪主はしてもらわないと。……………はいはい、じゃあね」
彼女の指先が震える。
これが、建て前本音というものね。シンジロさんが言っていた。自分が死んだら、お前の味方はいないって。
唯一の味方だと思っていたお義姉さんの本音。泣くのが恥。いつ逝ってもおかしくない。
………腹を立てていても、しょうがない。
大きく息を吸って彼女の手が取っ手を引く。
電話を握ったまま、渋い顔をしていた初老の女性がドアの開く音に、はっとして彼女を見る。
「オネエサン。サッキハゴメンナサイ。シンジロサンドコ?」
日本語が苦手なふり。
早口で話す日本語は聞き取れません、のふり。
日本に来て9年の歳月の間に身についた処世術。
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