喪失

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鍵を挿しドアを開ければ、ガランとしたリビングダイニング。ダイニングテーブルもソファもない。あるのは一人用の小さいテーブルと小さいクッションが二枚。部屋の片隅にちょこんと置いてある。ここに移ってきたのは発病する直前の6年前。1年後、夫の退院が決まった時、既に自力では歩けなかった。車いすを使うのに家具は邪魔だった。 「これからは家具も置けるわね」 彼女の口から零れる独り言。 エアコンをつけ、奥の部屋にはいる。 パチンと部屋の電気をつければ、あるのは病院で彼が寝ていたのと同じ型の介護ベッド。スチールの本体と樹脂のボード。在宅介護用の厚みが15cmもある低反発マットレス。腰高窓の下に、主の居なくなった大きな車いすがぽつんと置いてある。 どれもこれも、購入品。 「確かにもう要らないわ」 さて、どうしようか。捨てるといってもどこに連絡したらいいのか。業者って?産廃業者?リサイクル?やっぱりあそこに連絡しよう。他に知らないから。雪華はリビングに戻り、小さな食器棚に申し訳ない程度につけられている引きだしを漁りはじめた。 「確か、この辺」 あった。固い文字で書かれた名刺。裏には携帯番号。 明日の朝、電話しよう。
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