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窓の外で車のクラクションが聞こえ、目が覚めた。時計を見ると、お昼になろうとしていた。
部屋には誰も居ない。テーブルの上の灰皿には、彼が吸っていたタバコの吸殻が5本。
部屋に微かに残る彼の残り香を嗅いでいると、彼は本当の家族の元へ帰っていったんだということが実感され、背中が寒くなる。
昨日の夜、いつもの逢瀬、いつもの情事を終え、彼はそそくさと帰り支度を始めた。
「次はいつ会えるの?」
「そうだな・・・今週の土曜日から月曜日まで出張だから、水曜日かな・・・」
彼は手帳を開き、予定を確認しながら言った。
嘘
私は知っている、日曜日は彼の息子が通っている小学校で運動会があること、月曜日は運動会の代休で休みであること。
「じゃ、またな・・・」
着替えを終えた彼は、鏡で自分の姿を確認し、キュッと背筋を伸ばすと、ドアの方へ向かった。
「じゃあね・・・待ってる・・・」
彼の背中に静かに投げかけ、不安を消したくて無理やりに寝たんだ。
ふと窓を見ると、網戸にカマキリがいるのが見えた。
クネクネ動いているので顔を近づけてみると、自分より一回り小さいカマキリを食べているところだった。
「カマキリは交尾を終えた後、メスがオスを食べる」
テレビでお笑い芸人が自慢げに語っていた、そんな薀蓄を思い出した。
じっと見ていると私の視線に気づいたのか、カマキリは食べるのを止め、私の方をじっと見返してきた。
「あなたは強いわね」
私はメスカマキリにはなれない。彼が居なくなったら、私は生きていけないから。
いずれ全てを清算しないといけない時が来るかもしれない。その時まで、全力で彼を愛そうと思う。
カマキリが落ちないようにゆっくりと網戸を開け、背中を軽くつまむ。遠い昔、父に習った捕獲法だ。
「また会いましょう」
餌をくわえたままのカマキリを外へゆっくりと投げた。青空に緑の体が舞い上がり、地面に向かって落ちていった。
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