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松本市を横切る女鳥羽川。川をまたぐ歩行者用の橋。隠冬の通学路にあった。彼は、その橋の中間地点に立ち、川が赤紫の空間を二分する世界を眺めながら懐古していた。
ちょうど1年前で中3だった時、あの日もそこに立っていた、隠冬。その時もきれいな風景だった。まるで現実の世界から遠く離れた別世界のように。隠冬は、ボロボロのスポーツウェアを着て、鳥籠の中のインコのように静かに橋の下を見ていた。何かをついばんでいた白い鳥が飛びあがった時、隠冬は何者かに肩を叩かれ、言葉をかけられた。
「どうしたの」
そこに立っていたのは、隠冬の現在の思い人、起(おこし)魅花だった。中学の時も同じクラスだったが、この日までは好きではなかった。
「別に、なんでもない」
言葉がうまく見つからなかった。
「え。でも、そのウェア、ボロボロじゃん」
「別に何もねぇよ」
「水掛君、目が潤んでるのに意地張っちゃいけないよ」
魅花の声を聴いた瞬間、彼の体中が何か熱いもので満たされた。その時初めて気づいた。自分が泣きたいことに。すべて吐き出したいことに。
「私が話聞いてあげるから」
体の熱いものが、涙を眼に押し上げてくる。心を和らげていく。
隠冬は気づかぬうちに心の内をさらけ出していた。魅花は彼の言葉をただじっと聞いていた。
隠冬は、昔のことを思い出して、自分の恋心を再確認していた。今思えば、高校が一緒になったのも、一学年8クラスであるにも関わらず高校でも一緒のクラスになったのも運命なのかもしれない。そう思うことで明日の告白のために意気を高めた。
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