イケニエ

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「かわいそうに…でも…ごめんね。私はもっとヒドイ事をしにここに来たんだよ…ミーちゃんか…それか子猫のうち1匹を殺す為に…私は…ここに来たの」 改めて目的を思い出した麻衣ちゃんは、ずぶ濡れの子猫と同じように体をガタガタ震わせながら、泥だらけになったレッスンバックに手を突っ込みプラスチックの包丁を取り出しました。 いくらオモチャの包丁でも相手は体が小さく足の悪い子猫です。押さえつけて一気に突き刺せば殺す事ができるでしょう。   麻衣ちゃんはぬかるんだ地面に膝をつき、オモチャの包丁を両手で握り子猫の真上に構えました。 本当は押さえつければ確実に殺せるのだけど、それはどうしてもできません。 なにも知らない子猫は、ひとりぼっちになって震えているところに麻衣ちゃんが助けにきてくれたのだと、懸命に前足を動かして近づこうとしています。 麻衣ちゃんはそんな健気な子猫を見ているうちに、おなかが大きかった頃のミーちゃんや、生まれたばかりの子猫達の記憶が次々とよみがえり、軽いはずのオモチャの包丁が、なぜかずしりと重くなってきたように感じました。 「私…おまえを殺そうとしてるんだよ?なのに…なんで逃げようとしないの?なんでこっちに来るの?ごめんね、おまえが嫌いだから殺すんじゃないんだ。仕方ないの…おまえはイケニエなの。あのね…ずっと病気で入院してたママが昨日死んじゃったの。それで今日がお通夜で明日はお葬式なんだって。それが終わったらママは火葬場で焼かれちゃうの…でもね、その前に猫を殺してイケニエにして儀式をすれば悪魔がママが生き返らせてくれるって本に書いてあったの。本当かどうかわからないけど、今はもうそれしかないの!だから…だから…許してね!」 いつまでたっても構えた包丁を振り下ろせないまま、えぐえぐと嗚咽をもらし泣いている麻衣ちゃんの膝にチクリと痛みが走りました。 涙でぐちゃぐちゃの顔を下に向けると、ようやく麻衣ちゃんに辿り着いた子猫が爪を立て、膝によじ登ろうとしていました。 子猫は雨に濡れて母猫から見捨てられ、後ろ足も動かないのに、それでもまだ必死に生きようとしています。麻衣ちゃんに助けて、助けてと懸命に訴えているのです… そう思った途端オモチャの包丁は鉄の塊のように重みを増して、もう麻衣ちゃんの力では持っていられなくなりました。
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