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「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
突如麻衣ちゃんは叫ぶように泣き出して、包丁から手を離すとかわりに子猫を抱き上げました。
そしてお気に入りのトレーナーの首元を引っ張るとそのまま子猫を突っ込みます。
「ひゃっ!冷たい!とにかくこの子を温めなくちゃ!」
子猫は麻衣ちゃんの懐の中で、安心したのかおとなしくしています。
「ママ、ごめんね。ママを生き返らせてあげたいんだけど、どうしてもこの子を殺してイケニエにする事ができないの。この子、足が悪くて雨の中ミーちゃんに置いてかれて、ひとりぼっちになっちゃって、私にはまだパパがいるけど、この子には誰もいないの。ママ言ってたよね?自分よりも小さい子や弱い子をいじめちゃだめだって。助けてあげなくちゃいけないって。ママとの約束はやぶったらだめなんだ」
そこまで言うと、麻衣ちゃんはズルズルと鼻をすすりゴシゴシと涙を拭きました。
そして、もう一度トレーナーの首元を引っ張って中を見ます。
子猫の体は麻衣ちゃんの体温と引き換えにだいぶ温まってきたようです。
そして薄く目を開けるとミィ…と鳴いてそのまま目を閉じました。
麻衣ちゃんは最後にもう一度、
「ママ、ごめんなさい」と、つぶやくと、泥だらけのレッスンバックを掴み、懐の子猫に負担がかからないように来た道をゆっくりと歩きだしました。
家の近くまで戻ると、夕方を過ぎても帰ってこない麻衣ちゃんを心配したパパと近所の人達が必死になって麻衣ちゃんを探していました。
大変な騒ぎになっていて出るに出られない状況です。
それでも今夜はママのお通夜だし、いつまでも隠れている訳にはいきません。
麻衣ちゃんは怒られるのを覚悟してパパの前に姿を現しました。
「麻衣!一体どこに行ってたんだ!みんな心配したんだぞ!ママが死んで、もしも麻衣になにかあったらパパ…もう生きていけないよ。こんなに泥だらけになって、どこかで転んだのかい?ケガをしてるんじゃないのかい?よく見せてごらん」
麻衣ちゃんはパパに相当怒られると思っていたので拍子抜けしてしまいました。
怒るどころか、パパの目からはたくさん涙が流れています。
初めて見るパパの泣き顔に麻衣ちゃんはびっくりしてしまいました。
そして思いました。
そうかぁ、ママが死んで悲しいのは私だけじゃないんだ。パパも同じくらい悲しくて寂しいんだなぁ、と。
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