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耳になじんで、意識にものぼらない波の音に混じって細く、きれぎれに悲鳴が聞こえた気がして、クレアの眠りはふいに途切れた。
耳を澄ますけれど、穏やかな波の音以外は、聞こえない。
それでも、胸の内がざわざわとして落ち着かず、クレアは薄いガウンを羽織って、ベランダに出た。
明るい満月が、波間にきらきらと光を落としている。
瀟洒なヴィクトリアンスタイルのホテルの壁には、椰子の木影がゆらゆらと揺れている。
「おや、これはこれは」
穏やかな波の音だけが支配する夜の静寂を破って、男の感嘆の声が響いた。
「クレア、月明かりの中のあなたは、また格別だね」
南国特有の、大きな葉を茂らせた植込みの間に、三つ揃えの襟元をくつろげた中年の男がベランダを見上げていた。
クレアと目が合うと、持っていた薄いブルーの液体の入ったグラスをクレアに向かって掲げる。
「まぁ、グラント様。また勝手にキッチンに入られましたね。」
グラントと呼ばれた男は、悪びれることもなく、にやりと笑った。
「月の美しさに、どうしても1杯ほしくなってね。こんな夜には、青蜜酒が良く合うだろう?」
グラントは、クレアを見上げてウインクした。
「ところで、どうしたんだい?こんな時間に。」
クレアは、表情を曇らせて、海の方へ視線を向けた。
「悲鳴が聞こえたような気がして・・・。夢だったのかもしれないんですが」
「悲鳴?僕には、聞こえなかったな。きっと、夢だったんだろう」
「そうですね。そうかもしれません」
クレアは、気持ちを切り替えるようにそういって、軽く息をつく。
「明日早くに着くお客がいるんだろう。オーナー殿は早くベッドに戻った方がいいよ」
「そうさせていただきます。グラント様もお酒はほどほどに」
クレアは、月の光のような澄んだ微笑を残して、部屋へと戻った。
カーテンを閉め、自分の姿が隠れたところで、クレアはそっとグラントの様子をうかがう。
グラントは、ホテルの庭に置かれたベンチに寝そべり、月を見上げていた。
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