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よく晴れた五月最初の土曜日。
狂犬病の予防接種を待つ飼い主たちで、佐藤動物病院の待合室はごったがえしていた。
住宅地の中にある小さな個人病院だが、院長の穏やかな人柄が人気で、遠くからも患者が押し寄せる。
どの犬も落ち着かない。 猫も何匹かいて、ニャーニャーとケージから鳴き声が聞こえている。この時期の診察室は賑やかだ。
何匹の犬猫の診察をしただろう。 佐藤医師は診察台を消毒し、手を洗いながら溜め息をついた。とはいえ、佐藤はこの時期の診察が嫌いなわけではない。たくさんの子犬や子猫、新しい命に接すると、心の奥から温かいものが湧き上がってくる。 大きく伸びをして、自己流の奇妙なストレッチをしながら、次の患者を呼ぼうとした時である。ざわついていた診察室が急に静かになった。
-来たな。
ドアを開けて待合室を見回すと、やはり、いた。
入口のところに、大きな黒い犬をつれたほっそりとした少女が立っていた。
ジーンズにTシャツ、素足にスニーカーといういでたちで、父親によく似たくせ毛を無造 作に束ねている。 黙って目を伏せていれば美少女でも通りそうな風貌だが、ハシバミ色の大きな瞳は、いたずらを計画している子供のようにきらきらとして、快活に歩くさまは、まるで少年のようだ。
佐藤と目があった友世は、小さく手を振りながらにっこりとした。
一緒にいる大きな犬は友世の傍らにきちんと座っている。座っていても、頭が友世の腰のあたりまである。つややかな毛並み、エメラルドのように輝く鋭い瞳。すらりと伸びた四肢や、しなやかな筋肉に覆われた身体は、野生動物を思わせた。
待合室にいた飼い主たちは、みな目を見張って一人と一匹を見つめている。
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