正しいタイムマシンの使い方

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―未来1―  昼休みに来たカフェで、私は斜め前の席に座る男を、じーっと眺めていた。  男は、難しそうな専門書を読んでいるようだ。本に視線を落としながら、コーヒーを飲む姿が様になっている。年齢はおそらく、私と同じくらい。  私がなぜその男を見ているのかというと、昔どこかで彼と会った気がするからだ。しかし、大学、高校、中学と遡って記憶を検索しても、彼の姿はヒットしない。 「あの、どこかで会ったことありませんか?」  思わず席を立って近づき、話しかけてしまった。  普段の私からは考えられないような行動に、自分でも驚く。しかし、その男を一目見たとき、私の中に何か電流のようなものが走ったのも事実だった。 「何? ナンパ?」  男は、怪訝そうな表情で私をじろじろ見る。たしかに、今の言い方だとナンパに聞こえるなと思った。 「あ、いや。そういうのじゃないんですけど……」  慌てて否定する。余計にそれっぽくなってしまった。 「う~ん。僕は会ったことないと思うけど」 「そうですか。すみません」 「僕は黒岩嘉彦(くろいわよしひこ)っていうんだけど、聞き覚えは?」  黒岩はそう言って、首をかしげる。  クロイワヨシヒコ……。脳内の検索窓にその名前を打ち込むが、検索結果はゼロ件。 「多分、私の勘違いだと思います。ごめんなさい。ちなみに私は小柳(こやなぎ)若菜っていうんですけど、聞き覚えないですよね」 「コヤナギ……ワカナ……」  彼はあごの辺りにこぶしを当てて、考えるしぐさをした。ただ情報として私の名前を復唱しただけに過ぎないとわかってはいたけれど、いきなり呼び捨てで呼ばれた気がして、少し恥ずかしかった。 「残念ながらないね」 「そうですよね。……あっ、すみません。私そろそろお昼休みが終わってしまうので、失礼します。お騒がせしました」  私は会計を済ませ、店をあとにした。外に出てから、ガラス張りの店内をなんともなしに見ると、黒岩と目が合った。彼は無邪気な笑顔で手を振っている。私はぎこちなく微笑んで、会釈をした。
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